木桶仕込みのこだわりについて

 

 弊店では、製造する醤油の全量を大きな杉の木桶に仕込みます。

深さ2メートル弱、直径は容量によって異なりますが、弊店では大体1,5メートル前後のものが多いです。これで容量15石(2700リットル)です。直径の大きいものでは容量が20石(3600リットル)や30石(5400リットル)のものもあります。

 

木桶は仕込み、醗酵容器として古くから使われてきたものですが、現在主流のFRPやステンレスの大型醗酵タンクと比べて依然として優れている点があります。

 

1. 究極の醗酵容器

木桶は容量が異なっても、深さ(高さ)は大体同じに作られています。これは木桶の容量が変わっても空気に触れている面積との比率が変わらないことを意味します。約2メートルの深さが、容量と空気に触れる面積の比率を醗酵容器として優れたものにしています。先人の知恵は凄いと思います。

醗酵とは無酸素状態での微生物の営みを指すことが多いですが、醤油のように高濃度の仕込では僅かに溶存酸素がある諸味表面付近でしか醗酵出来ません。この2メートル弱の深さですと木桶にこびりついている菌が自然に繁殖して旺盛に醗酵します。それに対し、背の高い大型の醗酵タンクでは、醗酵菌を培養して加え、金魚バチの様に絶え間なく空気を送り込んで醗酵をスタート、維持させています。このような人為的な管理がないと醗酵しない仕組みは、均一なものを大量に作るには好都合ですが、そこに複雑な醗酵を人の熱意と感覚でより良い方に持っていくというロマンはありません。

 

2. 木桶は成長する

木桶に残っている微生物は、前年度に醤油を作った微生物です。蔵の環境、周囲の自然環境に適応した者たちです。蔵人が毎年丹念に諸味の世話をして、良い諸味を作る微生物を残してはじめて、次の年も良い物が出来ます。醤油屋に熱意が無くなれば優れた木桶もたちどころに堕落していきます。木桶はどれも同じではなく、それぞれの歴史と実績がとても大事なのです。毎年、優れた醤油を作ることで、木桶は成長します。また、逆に、何かの間違いで失敗作を作ってしまうと、その木桶はその後数年、優れた醤油は作れません。蔵人との共同作業を通して、良くも、悪くもなるのが木桶なのです。

木桶で作った醤油は、蔵人が丹念に世話をしても品質はばらつきます。一生懸命やっているにもかかわらず、実力相応の醤油が出来ない時もしばしばあります。しかし、その逆。何かの偶然で、今の腕前では出来ない筈の素晴らしい醤油が出来てしまったりするのも木桶なのです。その素晴らしい醤油が何故出来たのか、どうすればもう一度再現することが出来るのか?このことに挑戦することで技術と感覚は磨かれ、人と木桶の更なる、永遠の進歩があります。

 

3. 最も安心できる材質であること

板をタガで組み付けた木桶は少し漏ります。でも、糊や接着剤を使って漏れを止めることはありません。木桶は周囲の気温や乾燥具合によって伸縮するからです。少しの滲みに目くじらを立ててはいけないのです。木という材質自体も少しずつ水分を通してしまいます。上部が開放ですから長期熟成の間に蒸発によってまた少なくなってしまいます。だからといって蓋をしてしまうと蒸れたような嫌な臭いが付きます。欠減があるというのは容器としては大きな欠点ですが、良い醤油を生み出してくれることへの捧げものだと思っています。

プラスチックや金属は微量ですが水に溶けてしまいます。これが危険だとは言いませんが、他の食品加工のようにほんの短時間触れているだけならともかく、1年以上熟成する醤油の容器として、自然な材質を使った木桶がもっとも安心できると思われます。